パレスチナ・ファレスティーン

笑って泣いて食べて暮らしたパレスチナ。 時々の思いを綴ります。

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アイルランドからのガザ支援船

次のフリーガザ運動の支援船が、
ガザに向かっているとの情報が流れてきます。
今度の船は、「レイチェル・コリ-号」と名づけられているようです。
故レイチェル・コリ-さんはアメリカ人で、国際連帯運動の一員として、
ガザ地区でのイスラエル軍による家屋破壊に対して、
非暴力で防ごうとしていたときに、軍のブルドーザーに轢き殺されました。

この船はアイルランド籍で、今回の航海を中止する予定はなく、
アイルランドの首相が、イスラエルに対して、
この人道救援物質が滞りなくガザに着くよう強く要請しているとのことです。
ノーベル平和賞受賞者や元外交官もこの船に乗っているとのことです。
国家のトップの政治指導者が、このような態度をとっているのです。

かたや、日本政府の反応というと・・・。

今回のガザ自由船団(ガザ支援船)へのイスラエルの攻撃に対して、
国連の安全保障理事会は、5月31日付けで(議長声明として)非難声明を出し、
その内容には公正な調査のための国際調査団の派遣が含まれていました。
国連人権理事会が6月2日に
独立した国際調査団のイスラエルへの派遣についての決議をとり、
賛成32、反対3、棄権9で採択されました。
米国、オランダ、イタリアは反対票、
英国、フランス、日本は棄権しました。
日本政府の姿勢はとても残念です。

アイルランド政府のような姿勢は一朝一夕にできあがるものではないと感じます。

2006年夏のイスラエル軍のガザ侵攻時、ガザ地区は厳しく封鎖され、
人道支援に関わる国際スタッフの移動さえ難しい状況にあったときに、
現場で国際NGOスタッフのガザ入りをサポートしてくださったのは、
エルサレムにあるアイルランド領事館の領事自らでした。
自ら外交官ナンバーの車を運転して、支援物資を届け、
私たちをガザに連れて行ってくださいました。


その当時の日記が残っていましたので紹介します。

アイルランド領事とのガザ入り(2006年7月14日)

14日金曜日、ガザに入ることができました。
アイルランド領事館の領事と心理学者で大学でも教えている妻と娘、
協力関係にあるアメリカのNGOの代表と一緒でした。
外交官は封鎖が厳しいときでも移動の自由は保障され
検問所も外交官専用のナンバーのついた車なら通れます。
今回は、スムーズにガザへ移動ができるように
NGOの代表が、アイルランド領事との同行を調整、領事は快く受けてくださり、
外交官専用車で私たちを一緒にガザまで連れて行ってくださいました。

エレツ検問所を越えガザに入りましたが、車はほとんど通っていません。
金曜日で休日ということもありますが、ガソリン不足の深刻さが伺われます。
水を積んだロバの荷車は見かけました。

アイルランド領事は、
この状況でもガザ内に残って働く同国の国連職員を訪ねて、
最新の情報を聞き、各国政府の対応等についての情報をシェアしていきます。
また危機的状況のなか、仕事を続けているスタッフ食事に招いて労をねぎらいます。

アイルランド人のUNRWA(国連パレスチナ難民救援機関)の幹部職員からは
一緒に話を聞きました。
「中立的に働く立場で、集団懲罰ということばを使うかどうかは難しいです。
 しかし、現実に目を向ければ、人々は「集団で苦しんでいます」これは紛れもない事実です」
「イスラエル軍は変電所を破壊しました。しかしその必要は全くないはずです。
 ガザの電気の約半分はイスラエルからです。
 イスラエルからの電気のスイッチを切ればすむことです。
 問題はインフラの破壊です。物流専用検問所のガザ側の施設も破壊されました。
 これは経済活動には大打撃です。
 ガザの経済活動の基盤となる施設が破壊され続けています。
 これらは、ガザの人々の生活が回復し、
 和平に向かえる兆しが持てることを不可能にしています」

 領事自らが、ガザの地元団体で支援を続けているところに、
 支援金と子どもたちのためのぬいぐるみやお菓子を届け、
 支援している障害者施設で刺繍製品等のそこで製作している商品を大量に買って、
 活動を励ましていました。

 ガザ市内の海岸線には家族も多く出ていましたが、
 これも外国人が滞在するホテルの近くのビーチだけのようです。(7月14日)


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