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パレスチナ・ファレスティーン

笑って泣いて食べて暮らしたパレスチナ。 時々の思いを綴ります。

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刺繍と助け合い

日本人がベツレヘムのベイト・ジブリン難民キャンプで仕事をしているらしいという、
たったそれだけの情報で、女性刺繍グループの代表を探し当てたイドナ村のおばちゃん
突然やってきたおばちゃんの話を聞いて、私だと気づいた難民キャンプのおばちゃん。
ID9.jpg
難民キャンプのおばちゃん宅で、イドナ村のおばちゃんとムハンマドくんに再会。

これも神(アラー)の思し召しだそうですが、日本ではご縁というのでしょうか。

イドナ村のおばちゃんから話を聞くと
私が村で活動していたときよりも更に経済状況は悪化。
おばちゃんの夫は、脳出血を起こして入院中。
(その後、亡くなられました。)
治療費も必要だし、子どもの学費も必要、とのこと。
一体、どうやって生活しているのだろう、と心配になりつつも、
私がパレスチナに行くのは年3回程度ですから、
とにかく、刺繍製品のお客になるだけでした。
idna_sprong.jpg
        春のイドナ村は緑が美しい。

生き延びてくれたムハンマドくんが特別学校に入るお金と
私が日本に買って帰るお土産の準備の両立させるべく、
イドナ村のおばちゃんと私の刺繍製品の取引が始まりました。

そんな「取引」が続く中、
イドナ村のおばちゃんの厳しい状況を知った、
ベイト・ジブリン難民キャンプの女性たちが
イドナ村のおばちゃんの生活を応援し始めたことを知りました。

イドナ村のおばちゃんが持ってきた刺繍製品を預かって、客人があったときに代理で売ったり、
娘の嫁入りに持たせる刺繍の枕カバーやクッションカバーをおばちゃんに注文したり、
できるところで、仕事を出していました。
ID24.jpg

厳しい状況の女性を助けようとする妻の献身的な姿を見た夫が、
犠牲祭(イスラームのお祭りで、羊を屠り、一部を貧しい人に肉を振舞ったりする)ときに
ポケットマネーを差し出したこともあるそうです。
(そんな夫のことを「優しい人」と自慢する女性、微笑ましいです)

自分の家でも夫が失業だったり、給与が払われなかったり、という中での助け合いです。

おばちゃんも村から出てくるときは、
畑でとれたセージ(現地では、マラミーヤ)やオリーブなどを持ってきて、
できる限りの感謝の気持ちを表していました。
ID21.jpg
          マラミーヤ

また、イドナ村から出てくるおばちゃんのために、
難民キャンプのおばちゃんはご馳走を作ってもてなしました。
ID8.jpg
        この日はみんなでマクルーベ

このような助け合いの心があるので、
危機的な状況でも人間らしく生きていけるのでしょう。

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コメント


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パレスチナ人の助け合いの心に、東京砂漠で冷え切った心が温められます。
同じように自分が辛い状況の時にも、果たして他人に思いやりを持てるかといったら…

むんち | URL | 2009-10-30(Fri)23:46 [編集]


パレスチナ人の優しさ、温かさには、
いつも心を打たれていますよね。
いつか、そんな優しい人たちに
友として会いに行くだけに、それだけのために、
パレスチナに行ける日が来ることを
いつも願っています。

ミシュミシュ | URL | 2009-11-01(Sun)17:27 [編集]


イドナ村のおばちゃんの子を想う気持ちに感動しました。
またおばちゃんをなんとか助けてあげようとするベイトジブリン難民キャンプの女性たち(や夫)の話にも。

ムハンマド君が学校楽しくいけるうようになるといいですね!

なおあん | URL | 2009-11-03(Tue)16:31 [編集]


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